はじめに、
みなさん、こんにちは。月刊精神分析編集部Aです。
精神分析(セラピー)をする上で、クライアントの生い立ち、家族構成、病歴などをヒアリングする事は、クライアントの無意識(コンプレックス)を意識化する上で重要な事です。
今月の月刊精神分析では、私の病歴、それも皮膚病に関する事を考察します。精神分析の考察する上で、クライアントの症例を紐解くのはプライバシーの問題もあって、簡単には公にできないのですが、私自身の身に起こった事を私自身の裁量で語る事は問題がありませんので、僭越ながら自己症例という事で話を進めたいと思います。
さて、精神分析の世界で「皮膚」と言うと、次に出てくるキーワードは「自我」です。皮膚は、内なる世界、つまり内界と、私たちを取り巻く環境、つまり外界との境・・それが皮膚であり、私たちの内から外へ自我が現れる部分が皮膚であると言う事です。
皮膚に現れる色々な症状、それで、心(体調)をモニターする事ができます。
ちょっと考えただけでも、
真っ赤になる:怒り
真っ青になる:恐怖
肌が荒れる:睡眠不足、暴飲暴食、たばこ、栄養失調、運動不足、ストレス等
特に「顔」は、常に晒されており、他者とのインタフェースを司る部位ですので、自我の表れが顕著だと思われます。
これも皆さん何気に言いますよね「顔に出る」と。笑。
女性の方は普通に言いますよね。「今日は化粧ののりが悪いわぁ」・・と。それだけ皮膚は敏感に心と体調をモニターするのです。
自分の病歴を振り返って惟能先生とのセラピーで分析した考察が以下の記述です。なかなか面白い分析になっていますので、読んでみて下さい。ご意見ご感想などを頂ければ幸いです。
lacan.fukuoka@gmail.com
追記:このサイトの記事を書く為に情報を検索していたところ面白い本をみつけました。大手化粧品会社の研究員の方が書かれた本です。「皮膚は考える/傳田光洋著 」(岩波科学ライブラリー 112)という本です。参考までに。
登場人物プロフィール
惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。
1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法。
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編集部A(へんしゅうぶえー) 月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。 ラカン精神科学研究所福岡支所 1963(S.38)年3月12日生まれ 出身:福岡県福岡市。 コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。 飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。 宗教色の強い家庭に生まれ育つ。 二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。 ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。 参考に、惟能先生の著書の特集サイトへのリンクは上記参照。
「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーを受けている。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com
私の病歴(皮膚関連)
小学生時代:単純性ひこう疹(はたけ)。
小学校・中学校時代:唇の周りの炎症。
高校生~:尋常性乾癬が頭皮にできる、現在は肘や腰に。
大学受験の前日~35歳迄:アレルギー性血管炎、リベド血管炎、両脚。
高校時代~:鼻の両側の皮膚が炎症をおこす。
自分が覚えているだけでも、これだけの皮膚疾患を経験しています。
当時は、体は心のモニターとは思えず「なぜ?こんなになるのだろう?早く治らないかな」と平々凡々と生活していたわけです。
単純性ひこう疹(はたけ)
私が小学生の頃、外で遊びまわった日焼けした顔の一部に白い部分が出来ていました(直径2~3センチ位)。それを周りの人々は「はたけ」と呼んでいました。今、ネットで調べると正式には「単純性ひこう疹」と呼ばれます。原因は「細菌の感染によるもの」だそうです。自然に治る無害な皮膚病で思春期前後には治ってしまうとあります。
唇の周りの炎症
小学生から中学生にかけてだったと思います。唇の上と下が炎症をおこしてヒリヒリしていたのを覚えています。口の悪い友人はそれを「二重唇」などと言いました。
蜂蜜やメンソレータムを塗って治しました。両親は「あんたが、布団をかぶって眠るからだ」とか「あんたが唇を舐めるから」と言ったのを覚えています。
惟能先生は「それは口唇期欠損の表れです」と仰いました。これは予想通りで、厳しい家庭の長男として生まれ育った私は、中学生の頃、両親から「昔なら、お前の頃は元服していた」と突き放されていたのを記憶しています。
精神分析の世界を知って自分の生まれ育った生活環境を考察しました。
乳児、幼児の頃の記憶は殆どないのですが、独善的な祖母(悪い言葉で言えば「やりてばばぁ」)と、祖母に支配された両親のもとに生まれた私は、母から然るべき愛情を受け取っていなかったのでは?と想像します。
祖母の生前、死後に私が知った祖母に纏わるエピソード。
私の育った家庭は、自己愛者的、独善的な祖母に支配された家庭であった。
祖母の配偶者(私の祖父)は、私の父が中学生の頃、病死している。
私の祖父は、地方の名家の出身であり、戦前、アメリカに渡航、英語も堪能だった。財閥系の貿易会社に勤務し、主に石炭輸出業務に従事していた。今風に言えば「いいとこのボンボンが留学の後、帰国して、外資系の会社に勤務してる」的な感じだったのでしょう。
祖母の長男、次男は祖母のもとを離れ(逃げ出した?)、三男の私の父が祖母の面倒をみた。
祖母の長女は、祖母の姉の息子に嫁いでいる(いとこ同士の結婚)。祖母の自分の娘を自分の支配下に囲い込もうとする意図が察せられる。
戦後、戦前の価値観が転換する時代に、祖母は新興宗教に入信し、私の両親も追従して入信し、孫の私と私の兄弟達も生まれると当然の様に入信させられている。
私が生まれた時、両親は共働き状態で、母は勤めに出ていた。ところが母の給料は総て祖母が搾取していた。その時の母への祖母の台詞「この給料は私がもらうのではありません。仏様がもらうのです」だったそうです。仏様は恐ろしい(笑)。
祖母の子ども達、更に、生活環境上、祖母の支配下にあった孫達は総て、祖母に名前を付けられている。ちなみに、戦時中に生まれた子どもは戦争を賛美する意味の名前を付けら、戦後、祖母が新興宗教の信者になった後に生まれた孫達は宗教を賛美する意味の名前を付けられている。
名前をつける意味をご存知でしょうか?
惟能先生の本「月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる」から一部を抜粋します。
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名前は、自分を意味付けるレッテルや表札のことでである。・・しかし、ここで問題がある。それは、この名は本人がつけたのではないことと、勝手に他者が名付けてしまったことである。・・他人が人を命名する行為には、無意識が使われる。他者は人に名前を付けるとき、祈願であり、欲望をもってそれをすると述べてきた。祈願も欲望も、かつて名付け親自身がそうありたいと考えたそれを言語化(抽象化)したものである。・・・この世に不在の自我を抽象したことになる。実現されなかった幽霊のような自己を表す語を人に付ける事になる。
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つまり私の一族は祖母の欲望によって生き方を決定された事になります。私の父の世代(祖母からすると子供の世代)は「戦争に勝て」。私たち世代(祖母からすると孫の世代)は「宗教に走れ」・・と。単に祖母が生きた世情の価値観を子供と孫に刻印したのです。祖母は刻印しました「戦争に行け」「宗教に走れ」と。これがその後の一族の運命を決定つけるのだから恐ろしい。現実に私の叔父は「大陸でシベリア抑留」、私の父は「予科練」へ。私は「生まれながらの信仰者」となりました。
ここまで書くと、いかに私が育った環境が祖母に支配されていたかが分かると思う。そのもとにいた私の両親は、実子である私に十分な愛情をそそぐ事ができなかったであろうと思います。
私が覚えているエピソード
1、私の保育園の送り迎えは母はしたことがありませんでした。朝、私は近所の園児の家にいき、その園児の母に連れていったもらい、帰りも、その園児の母が迎えに来た時に一緒に帰っていた。
2、小学校のランドセル。祖母が従妹のお下がりの赤いランドセルを、ペンキで黒く塗り替えたのを持っていきました。笑。そこまで、金を使うのがイヤか?と思いますが、これは事実です。
3、小学校の家庭科の時間で使う新品の「裁縫道具セット」を買ってもらえず、家にある裁縫道具を持っていかされました。ところが「30cm物差し」は「一尺物差し」でスケールが合いません。刺繍糸はフランス刺繍糸で、これも使えませんでした。なんで自分だけ違うの?と思いながらも、自分の生活している家はどこか世間とは異なる家庭なんだという事はなんとなく意識しており、この頃から「大人になったら普通に暮らそう」「他者の支配下でなく独力で生きていこう」と心に決めてたように思います。そう言えば教材の「製図道具」も買ってもらえませんでしたね。
当然、あんな独善的な祖母の支配下に生まれた父と、その家に嫁いできた母が、父性と母性を発揮して子どもを育てられる筈はありません。しかし、表向きは、熱心な新興宗教団体の信者としての立ち位置を確保し社会生活を送っていたのでした。
私の父の世間の評判は「頭が良く、祖母のいう事をよく聞くいい子」だったそうです。・・実際そうだったのでしょう。祖母の晩年、父と祖母の会話(口論)の最中、父がこう言ったのを今でも覚えています。「言う事をききすぎた!」。本人が言うのだから間違いないでしょう。私の父は、祖母の言いなり生きてしまったのです。
そして祖母は、戦時中は「鬼畜米英」を唱え、戦後は宗教を「家庭内政治」に利用し、表向きは「信者」に成りすまし、宗教団体からは「貴方は仏子だ」と言われ、「絶対成仏しますよ」称賛され、とってつけた様に「世界平和」を口にする。さすが「織田信長」の様な祖母、世のトレンドを把握し「錦の御旗」を獲得する事には長けています。昔は、知人に金銭を貸し(個人金融業?)たりもしていたようです。自分の子供や孫そして周囲の他人を「家来」の様に扱い、きっちり「金」と「権力」を掌握していく。
これ位の手腕を発揮しないと激動の「明治」「大正」「昭和」「平成」を生きぬく事はできなかったのでしょう(苦笑)。
その様な家庭環境に中で育った子どもは精神分析の世界で言う口唇期に母から注がれる筈の愛情が得られず、私の心(無意識:コンプレックス)は、口唇そのものに炎症を起こしてワーニング(警告)を発していたのでした。普通の一般家庭では、子供が生まれたら、何事も「子供の為」と言う軸で動いていくものだと思いますが、私の生まれた家庭は「祖母と言う支配者と、祖母が利用した宗教」が軸に動いていたのでした。
尋常性乾癬(じんじょうせんかんせん)
高校生の頃。頭が痒くて仕方ありませんでした。「フケ症かな?」と思い、シャンプーやリンスを変えてみてもまったく効果なし。鏡でよくみれば、頭部の髪の生え際の皮膚が白く浮いています。頭をかくと雪が降る様にフケが机の上の落ちてきます。金田一耕助(横溝正史の推理小説に登場する架空の探偵)が頭を掻く時のシーンの様に。
その後、肘や、膝に赤い発疹が出来て皮膚がポロポロ剥ける様になり、自分でもネットで色々調べて、この赤い発疹が「乾癬(かんせん)」と言う病気である事が分かりました。この病気は、完治ぜず今も忘れた頃に出来てしまいます。
ちなみにwikiに記述は以下の通りです。
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皮膚の表皮を作るスピードが通常の10倍速を上回り(正常皮膚の細胞周期は約457時間、対して病変部位は37.5時間と1/10以下。癌細胞の増殖を超える速度)、真皮の血管が肥大しつつ組織を炎症しながら、表皮が角化し剥離する入れ換わり周期(ターンオーバーと呼ばれる)が通常なら4週間のところ3~4日で完了し、どんどん表皮が増殖し角化が亢進している状態によって白いカサブタ状の皮疹を多く生じる。
原因もはっきり解明されていない現状、根治療法はない。よって、現在、治療法とされているものはすべて対症療法、もしくは免疫情報伝達を遮断する抗サイトカイン療法である。
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私は街の皮膚科病院に通院しましたが、女医さん曰く「この病気は、原因不明の病気で、体が衣服を擦れる部分におこり易いと言われています。」と言われ「ビタミンBが不足しているかもしれないので、牛乳を飲んでみて下さい」と言われました。
で、この女医さんから頂いたこの病気のパンフレットには「皮膚が通常の4倍で新陳代謝してしまう病気」だと解説されていました。だからその部分が「まるで赤ちゃんの皮膚」の様に赤くなる・・・と。
惟能先生曰く「貴方は赤ちゃんだ」と仰いました。これはもう現実にそのものなのだから受け入れざるを得ない。自己分析するに、外部環境から何か自分のコンプレックス(無意識)を刺激される様な状態になる(ストレス発生)と、体の中に心的異物が発生し、それが体の皮膚の刺激を受けやすい部分に体のモニターとして表現される・・私はこの病気を以上の様に解釈しました。ですから、この病気を根本的に治そうと思うのならば、セラピー(精神分析)を活用し自分の無意識(コンプレックス)を意識化する作業を進めていくしかない。
セラピーを受け始めてからの、この一年を振り返ってみると、頭から大量のフケが落ちる様な状態にはなっていないので、乾癬を発生させていたコンプレックス(無意識)は意識化されたのかもれません。
高校生時代は、特にイジメに合うでもなく楽しく過ごした様な記憶もあるが、誰もがそうであるように私も、思秋期特有の悩みも抱えていた。そんな時でも、私の周りは新興宗教中心の家庭環境であり、父から発せられる言葉は「宗教新聞を読みなさい」だの「不可能を可能にする修行」が云々だの、父が父としての言葉ではなく、信者としての言葉ばかり投げてくるのがイヤだったのを記憶しています。「お父さんの時代は予科練で・・・」云々と戦争中の話も「あぁまたか」と言う感じで私の心に響く話ではありませんでした。
祖母と母の関係も良好ではなく、宗教組織上は各々の立場を守っているものの、さっきまで宗教の会合で「世界平和」を唱えていたかと思うと、つまらない事で諍いを始める。当時の私は心中で「世界平和より家庭内平和の方を先にお願いしますと呟いていたのでした。
子供達にとっては「世界平和」より「家庭内環境」の方がよっぽど大切だと思います。
リベド血管炎(アレルギー性血管炎)
この病気は私を20年間に渡って苦しめました。この病気にさえならなければ、もっと違った自分と、もっと違った人生があった筈・・と自信を持って言えます。
思い返せば、この病気が発症したのは大学受験の前日。何気なくみた、両脚の弁慶の泣き所(向こう脛)に紫色の点々が出来ているのを発見しました。よくみると血管から血が漏れています。つまり内出血です。「あれ?なんだろう」と思いながらも全く痛みは無いので放っていたのですが・・・
数日経つと、内出血している部分の皮膚が破れ出血、更に、炎症を起こして、膿がでてきました。激痛が伴い立っていられません。こうなるともう手がつけられません。安静に寝ているしかありません。最悪の場合は1ケ月位の入院を強いられます。
大学病院へ行っても「原因不明」「抗原抗体反応」と言う言葉しか帰ってきません。病名は「アレルギー性血管炎」、現在、ネットで見ると「リベド血管炎」と言う病名が通りがいいようです。
ちなみにwikiに記述は以下の通りです。
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リベド血管炎(―けっかんえん、正式名称:Livedo reticularis with summer ulceration)は、夏季潰瘍とも呼ばれ、下肢や腕に左右対称に皮斑が出る特徴の他、夏に足首より先に潰瘍を生じる事がある。 皮斑には、網目状、樹枝状、大理石様(マーブル)があり、寒さで目立つ物と逆に暖めると目立つ物と、それらの混在する症状を持つ患者がいる。
また血管に炎症が無く、皮斑は隆起が無く、痒みや痛みを伴なわない。
しかし、下肢に血栓を生じた場合や、皮膚表面に潰瘍が出来た場合は、大変な痛みを伴う。 症状の重い患者の場合、潰瘍は治るのに時間が掛かったり、夏以外の季節にも潰瘍が出来る場合がある。
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発病してから約20年間、良くなったり悪くなったりを繰り替えしました。原因不明なので、いくら病院に通っても対処療法しかできません。何度検査しても「異常なし」。しかし現実に私は疾病しているのです。にもかかわらず治療法はありません。こんなに医学が発達した世の中であるのにもかかわらず・・・です。
「こんな体で社会人としてやっていけるのか?」私の苦悩は絶えません。「こんな体で結婚できるのか?」更に私の苦悩は続きます。
更に苦悩する私に「ある考え」が浮かびます。
「左右両脚がに左右対称に症状が現れる・・つまりこれは、外部からの働きではなく、自分の内なるもののせいで起こっているのでは?」漠然とそんな事を考えながら20年近くが経とうとしていました。
当時の自分は、無事大学を卒業し、大手の会社で働いていましたが、病気のせいで自分と世間をだましだまし生活している様な状況でした。病気だけど、脚が痛いのに、痛くないふり・・。よくなっては、悪くなるの繰り替えし。
ここで私の人生の転機が訪れます。大博打をしました。
自殺です(笑)。今までの自分を殺しました。退職して組織人辞めました。離婚して家庭人辞めました。転地(引越し)して今までの自分を捨てました。宗教中心の実家とも、大きな距離を置きました。すべてセットで同時に行いました。これで、新しい自分の誕生です。
さてどうでしょう?なんとこれ以降、ただの一度もリベド血管炎は再発していません。
このサイトを作成するにあたって、ネットで「アレルギー性血管炎」「リベド血管炎」を検索してみました。沢山の症例や写真がでてきます。説明文には必ず「難治性」「原因不明」等の文字が並びます。僕が悩み苦しみ始めて頃から30年が経とうとしていますが、この病気は現在医学を持ってしても「難しい病気」の様です。ところが「精神分析」の世界では、その病気に原因は明らかに「心の叫び」であり、その症状はその「身体化」であったのです。ですから、私は自分の無意識を変える為に。それまでの私を殺し新しい自分を誕生させ、病気から開放されたというわけです。
もちろん当時の私は精神分析の知識を持っていたわけではありませんが、結果として「自己分析」「自己治療」をした事になります。
それから数年し、精神分析の世界を知り、惟能先生の本を読みました。するとそこに「疾病利得」の話が書かれていました。
参考サイト:月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法。
一部抜粋
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病院でこんな場面を目にした。私が診察室に入ったら、前の患者さんがまだ医師の説明を受けているところだった。医師が男性患者に一言こう言った。
「入院するしかないな」
すると患者の冴えなかった表情に一瞬喜悦が走った。彼は確かに微笑んだ。待ち望んだ吉報を聞いたかのような表情を浮かべた。そのとき私は、彼は病気を自分で創ったんだなと思った。
また、二年に一回とか定期的に入院する人がいるとか、何度も骨折する人、手術の頻回者とか、病院通いの好きな人とか、病院に見舞い行くとその種の話に事欠かず、いろいろ聞かされる。総じて入院する人は病気が好きとしかいえない様に見えてしまう。健康で休むより、病院のベットで寝ている方を選んだのである。そう私には見える。
これは心身症や精神医学では、「疾病利得」と言う言葉で定義される。後略。
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この一文を読んで「わかった!やっぱりそうだったんだ!」と私が悟りをひらいたかの様な心境になりました。「なんてバカだったんだろう。やっぱり俺はあの家が病気になる程嫌だったんだ!」と激しく納得しました。
私の疾病当時、独善的自己愛者の祖母はバリバリ健在で、実家はますます宗教一家の様相を呈していました。私は新興宗教を信仰している家の長男と言う立場を離れておらず、宗教活動である朝晩の読経をしなくてはいけませんでした。一日2時間も正座して身動きも出来ない・・これは辛かった。できれば遠慮申し上げたかった。しかし!それは言えない。拒否できない私は、体でNGを表現したのです。これを精神分析の世界で「身体化」と言います。
いつまでも宗教中心主義の実家から離れた私は、二度とリベド血管炎を発病する事なく、自分の脚でどこまでもどこまでも歩ける幸福を満喫しています。健康万歳。
今、私が思うのは宗教の善悪とかの話ではなく「人はやりたい事をなす為に生きているのだ」という事です。「やりたくもない事を強いられるのは苦痛」でしかありません。今の日本は経済的にはデフレ状態でありますが、治安も安定しており、経済活動も比較的円滑にできる状態です。その気になれば何でもできる状態であるのにもかかわらず、世間から聞こえてくるフレーズは「何をしていいのかわからない」と言う言葉です。
・・と言う事は、いかに主体性を奪われて生きている人が多いかという事ではないでしょうか?
世の父母は、自分の子供が何をしたいか?耳を傾けていますか?自分の子供が何に悩んでいるか知っていますか?「お経を唱えなさい」とか「宗教新聞を読みなさい」などと言っていませんか?
子供の興味関心のある事を、認め、支援し、一緒に楽しんで下さい。きっと、子供は目を輝かせて夢中で走っていきます。どこまでも。
鼻の両側の皮膚が炎症を起す
これも、たしか高校時代から始まった様な気がします。顔の鼻の両側の皮膚が炎症を起こして赤く腫れます。触るとヒリヒリして痛いし、掻くと白血球が滲んできます。3、4日すると腫れた皮膚がキリン模様にひび割れてめくれてきます。新しい赤い皮膚が露出し、更に3、4日するとやっと腫れが治まる。・・と言う様な感じです。これは、冬場に風邪をひいたり、何かしら体調が悪い時になるようです。
この病気について惟能先生は「話を聞き始めた時は、赤面症を連想しましたけど、何か怒りの表現の様な感じがします。貴方は怒っていますね。」と分析されました。
酔ってもいないのに顔が赤くなるのはカッコいいものではないので、本人も困っているのですが、これについては、まだ自己分析もできていません。ただ、鼻の両側の「ほうれい線」の上の部分が赤くなるのをみて自分が連想した事があります。歌舞伎のメイクの隈です。
以下、引用
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歌舞伎には荒事(あらごと)という演技様式が有り、そのメイクを隈(くま)といって
目の周りや頬、額などに筋を描いて、力を入れた時の血管や筋肉のもりあがりを誇張して表現したものです。紅は正義と力、勇気などを、藍や茶など暗色系は邪悪や鬼畜妖怪を表しています。
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私の顔の炎症は何を意味しているのでしょうか?
憤り(ストレス)を感じた時の無意識のサインなのでしょうか?自分なりの正義の怒りを炎症によって身体化表現しているのでしょうか?
私が怒りを言葉にして発した時に、顔の炎症は起こらなくなるのでしょうか?
欠損の取り戻し-どろろ(百鬼丸)-
主体性を奪われたものの話をきく度に思い出すのは、手塚治虫さん原作のテレビアニメ「どろろ」です。
どろろ - Wikipedia - から引用
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『どろろ』は、手塚治虫による日本の少年漫画作品。1967年より1968年まで『週刊少年サンデー』(小学館)で連載が始まるが、暗く、陰惨な内容が読者に受け入れられず打ち切りになる。テレビアニメ化に伴い1969年、『冒険王』(秋田書店)で掲載誌を替えて連載再開され一応の完結をみるが、こちらもストーリーとしては中途までとなり、きちんとした物語の完結には至らなかった。漫画以外のメディア展開は上記のテレビアニメの他、ゲームソフト、実写映画も製作された。アニメ版では構想の通りのラストまで描かれた。
あらすじ:室町時代末期、武士の醍醐景光は、ある寺のお堂で魔物に通じる48体の魔像に天下取りを願い出て、その代償として魔物の要求の通り、間もなく生まれる自分の子を生贄(いけにえ)として彼らに捧げることを誓う。その後誕生した赤ん坊は体の48箇所を欠損した体で生まれ、母親と引きはがし化け物としてそのまま川に流され、捨てられてしまう。医者・寿海に拾われた赤ん坊は彼の手により義手や義足を与えられた。14年後、成長した赤ん坊は百鬼丸と名乗り、不思議な声に導かれるままに自分の体を取り戻す旅に出る。
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手塚氏がどういう経緯からこの様な主人公と時代背景と物語を草案したのか私の知るところではありませんが、親が自分の欲望の成就の為に子供を生贄(いけにえ)に差し出す件が、親が子供の主体性を奪い取る事に通じていて興味深いです。
更に、48箇所を欠損した体で生まれた主人公は、魔物と対決する事によって、欠損した部位を取り返していきます。これも、主体性を求めた者が、欠損した部分を取り返していく行為と相似しています。
親が子供の主体性を奪い、自らの欲望を成就させるために、生贄として差し出す。
こんな事は今でも普通に行われています。
親が自分の保身の為に子供の進学先や職業まで決めてしまう。はては、交友関係から、テレビ番組の取捨選択まで。
主体性を奪われた子ども達は、いつか自分の欠損を自覚します。
私が育った環境は、祖母という絶対権力者が子供の代、孫の代まで支配する世界でした。祖母は亡くなっても、祖母によって築かれた宗教支配は未だに続いています。主体を取り戻す為には、独立開放戦争を起すか、亡命するか、難民になるしかないのでしょう。
| どろろ『どろろ』は、手塚治虫による日本の少年漫画作品。戦国時代。妖怪から自分の体を取り返す旅をする少年・百鬼丸と、泥棒の子供・どろろ。この2人の妖怪との戦いや、乱世の時代の人々との事件を描く。 |
おわりに
今月の月刊精神分析は、私自身に起きた過去の皮膚疾患をソースとして、無意識の世界に迫ってみました。いかがでしょたでしょうか?
ちょっと考えても、女性の方は毎日お化粧されて「肌の調子」で、心の有り様までわかってしまうのではありませんか?お肌のトラブルが発生した時に、ちょっと考えてみて下さい。最近、何かがあなたの無意識を刺激しませんでしたか?
以前あった肌のトラブルの原因はなんでしょう?貴方の心の有り様に迫ってみましょう。
それでは、来月、またサイトでお会いしましょう。
よいお年をお迎え下さいませ。
平成22年12月30日 月刊精神分析 編集部A
感想メールはこちらに。lacan.fukuoka@gmail.com
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- 月1回、和歌山に出張しております。
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- インテグレーター 愉開 真見(ゆかいまみ)
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- 神奈川県足柄上郡開成町延沢585
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